「カーレガン!」
竜騎士団の隊長ゲイルが苦々しく吐き捨てる。
ものすごい速度で襲い掛かってきた黒竜の攻撃を躱すと、彼は手にした槍を思い切り投げつけた。
槍は見事に竜の腹に突き刺さったが、巨大な黒竜にダメージを与えられた様子はなかった。むしろそれは彼の怒りを増長したらしく、カーレガンが再びゲイル目掛けて襲い掛かった。
勇将はその攻撃も何とか避けて躱したが、彼の後ろにいた騎士の一人があっけなくその餌食となった。
「ええい!」
地面に降りていた騎士たちが空に戻り、素早く体勢を整える。
ゲイルがちらりと振り返ると、一頭の竜が彼の許へ飛んできた。
「隊長!」
「ミネンスか!」
竜の乗り手は、三日前にプリエの許に現れた女性だった。
ミネンスと呼ばれた赤毛の女戦士は、ゲイルの隣に自らの竜を停止させると、油断なく構えたまま言った。
「あいつは私が討ちます。隊長、申し訳ありませんが囮になってください」
本来ならば立場が逆であろうが、ゲイルは微塵の迷いもなく頷いた。彼はミネンスの腕を信じていた。
「わかった。頼む」
さらに三頭の竜を撃墜したカーレガンの前に飛び出すと、彼はおびき寄せるように竜を操った。
カーレガンが先程自らの腹に槍を放った憎むべき人間を認め、牙を剥いた。そして逃げるゲイルをものすごい速度で追撃する。
追いつかれるのは時間の問題だった。
「くっ! ミネンス!」
ゲイルは死を覚悟した。
その時、カーレガンの下からミネンスが槍を掲げて舞い上がった。そして黒竜がゲイルを呑み込もうとその巨大な口腔を開いた瞬間、下から彼の喉目掛けて思い切り槍を突き刺した。
黒竜の絶叫が轟き、ミネンスは暴れ出した彼に払い除けられて呆気なく空に投げ出された。
「ミネンス!」
あわや墜落というところをゲイルが拾い上げ、ミネンスは安堵の息を洩らした。
「助かりました」
「いや、こちらこそ」
二人は地中より現れた黒竜に目を遣った。
彼はしばらくもがくように暴れていたが、致命傷には至らなかったようである。
周りの竜騎士たちが執拗に槍を叩き込み、彼はとうとうその巨体を翻して逃げ出した。
「逃がすかっ!」
すぐさま追いかけようとした兵士をゲイルが止めた。
「待て! 追っても勝てぬ」
彼は悔しそうに舌打ちをしたが、隊長の命令に従った。
生き残った味方は10にも満たなかった。
この大地に姿を現した神が逃げていくのを見て、プリエは青ざめた。まさか自分たちの崇める神が人間に負かされるなどとは思ってもみなかった。
いや、そもそも神に攻撃をするなどという罰当たりな人間が存在するのが信じられなかった。
「お父さん!」
戦うべきか逃げるべきかその判断を仰ぐと、父親はすでに揺れの収まった大地にしっかりと立ち、「逃げるぞ」と口走るや否や走り始めた。
どうせいつかは戦わなければならないが、この何も障害のない草原では分が悪かった。
プリエもそれを察してすぐさま彼に続いたが、それを見逃す竜騎士団ではない。
彼らはカーレガンを逃がした時点で、すぐに標的を変えていたのだ。誰も戦いが終わったなどとは考えてなかった。
10人の精鋭は二人を取り囲むと一斉に剣を抜いた。
「カーレガンを復活させたお前たちの罪はあまりにも重い! よってここで惨殺する!」
ゲイルが仲間を殺された怒りに目を血走らせると、プリエが負けじと言い返した。
「カーレガン様をこの世界に呼んで何がいけなかったというのですか!?」
「何がカーレガン様だ! あんな悪魔を!」
「悪魔はあなたたちです! 神に刃を向けるなんて、恥を知りなさい!」
プリエもまた、神官たちを殺されたショックに我を忘れていた。
彼らの中に見知った女性の顔を見かけたが、少女は構わず隊長の男の向かって衝撃波を叩き込んだ。
それが戦闘の合図となった。
一斉に斬りかかってきた騎士たちの剣を転がるようにして避けながら、フリートは苦い表情で赤毛の女性を睨み付けた。
「やはりお前か、ミネンス!」
その声に呼応するようにミネンスがフリートに斬りかかったが、彼女は何も言わなかった。
「くっ!」
フリートは自分のすべての力を込めて、ミネンスに向けて衝撃波を叩き込んだ。
だが、その衝撃波はミネンスが軽く振り上げた手に、呆気なく霧散した。
「何っ!?」
信じられないものを見たように、彼は驚きに目を見開いた。それが彼の最後の言葉となった。
フリートの心臓にミネンスの剣がめり込んだ。
「お父さん!」
少女の絶叫が聞こえたが、攻撃はなかった。少女も兵士たちを相手にしていて、まったく余裕がなかったのである。
もはやその目に光を失い、口からだくだくと血をあふれさせるフリートの横で、静かにミネンスが言った。
「母さんが……お前たちにあの日やられたグランドの妻が、逝った。最後まで苦しみながらな……」
ミネンスが剣を抜くと、フリートは胸から血を迸らせながら倒れた。
彼はミネンスの言葉を聞く前に、すでに死んでいた。
「お父さん!」
父親が殺されるのを目の当たりにして、プリエは泣きながら叫んだ。そしてありったけの力を込めて目の前に立ちはだかった男に衝撃波を叩き付ける。
「ぐぁっ!」
男もランザリスクでは一流の騎士だったが、少女の無尽蔵にあふれる力の前に呆気なくその生命を投げ出した。
男が倒れるや否や、すぐさま父親の許へ走ろうとした少女に、別の剣が閃いた。
「きゃっ!」
プリエはその不意打ちにバランスを崩し、思わず尻餅をつく。
「死ねっ!」
再び振り下ろされた剣を、少女は転がるようにして避けた。
いや、避けようとしたが、術がなければ所詮まだ15の少女に過ぎないプリエに避けられるほど、彼らの剣は遅くなかった。
「っ!!」
肩から背中にかけて斬られ、プリエはその衝撃に弾き飛ばされた。
自分の身体から血が抜けていくのがわかる。
(カーレガン様……)
神に祈りを捧げすぐさま傷を癒したが、その間に次の攻撃がプリエに迫っていた。
「あ……」
気が付き、目を開けたときすでに、白刃は眼前にあった。
(殺される……)
プリエは死を覚悟して、堅く目を閉じた。
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