■ Novels


神官プリエと竜騎士ミネンス
偉大なる神カーレガンの神官プリエは15歳。祖父や父、同じ神官の仲間とともに、小さな寺院で人々の怪我や病気を治して暮らしていた。
ところがある日、そんな平和な生活を営んでいたプリエの許に、一人の竜騎士の女性が降り立ち、憎しみをもって剣を閃かせた。彼女の突然の来訪により、プリエの運命が大きく揺れ動く……。

 耳をつんざくような剣の響き合う音がして、プリエは恐る恐る目を開いた。
 自分のすぐ目の前で二本の剣が十字に交わっており、その生々しさにプリエは小さな悲鳴をあげて後ずさった。
 振り下ろされた騎士の剣を受け止めたのは、つい先程プリエの父親を刺し殺したミネンスだった。
「ミネンス様!」
 騎士が驚きを露にしてミネンスを見た。その顔に怒りはなかったが、困惑と戸惑いが伺える。
「どういうことだ? ミネンス」
 静かに、しかし威厳を持ってそう尋ねたのは、隊長のゲイルだった。場合によっては如何にミネンスとて許さないという顔をしていた。
 ミネンスはそれに答えず、剣を引くと助けた少女を見下ろした。
 プリエは怯えたように身体を震わせながら、自分と同じ色の髪をした竜騎士を見上げていた。
 親も仲間もすべて殺され、ついに呼び出すことに成功したカーレガンには逃げられ、もはや完全に戦意を喪失しているらしい。
 けれど、それを見下ろすミネンスの目に同情の色はなかった。
「何故その娘を助ける?」
 繰り返したゲイルの言葉に、ミネンスは顔をしかめた。
「助ける?」
 あからさまに不愉快そうな顔をしてから、ミネンスは鼻で笑った。
「誰がこんな娘を助けるものかっ!」
 吐き捨てるように言いながら、ミネンスは剣を振り上げた。そしてその切っ先を、青ざめた少女の太股に思い切り突き下ろす。
「ひっ!」
 悲鳴は少女のものではなく、周りで見ていた兵士たちのものだった。
 骨が砕ける音がしてから、少女の絶叫に近い悲鳴が闇夜に響き渡った。
 兵士たちは、そしてゲイルですら目を背けたが、ミネンスはただ残忍な笑みを浮かべて、虫けらのようにもがき苦しむ少女を見下ろしていた。
「ゲイル隊長」
 凍り付きそうなほど冷たい口調でミネンスが呼びかけ、ゲイルは神官の少女の方を見ないように頷いた。
「な、なんだ?」
「我が儘を承知でお願いします。私にこの娘と、1週間の休暇をください」
 苦しそうに呻き続ける少女を黙らせるようにその背中を踏みつけ、ミネンスは真摯な瞳をゲイルに向けた。
「カーレガンが復活し、大変なときなのはわかっています。ですが、私は今日この日のために生きてきたのです。戻ったらどんな罰を受けても構いませんし、騎士団から除名されても構いません。ですから、どうかお願いします」
 ミネンスが深く頭を下げると、ゲイルはちらりと彼女の足元に目を遣った。
 プリエは息絶え絶えに自らの怪我を治していた。
 もっとも、治すといっても、ミネンスの大剣は依然少女の足を貫き、地面に繋ぎ止めたままである。少女は大粒の涙をこぼしながら、苦しそうに喘ぎ続けていた。
 ゲイルは大きくため息を吐いた。
「そうだな。お前はあのグランド殿とシアナ殿の娘なのだからな」
「はい。憎しみが何も生み出さないことはわかっています。ですが、私は聖人ではありません。憎まずにいることなんて、できません」
 ミネンスの決意は固かった。冷静に振る舞ってはいるが、その節々に押さえ切れない怒りが見て取れた。
 ゲイルもそれ理解し、仕方なさそうに頷いて口を開いた。
「わかった。その娘のことはすべてお前に任せよう」
 ミネンスは顔をほころばせた。
「ありがとうございます!」
「お前の罪など問わない。お前は我が竜騎士団にも、そしてランザリスクにも必要な人材だからな。窮鼠猫をかむという。くれぐれも気を付けてくれよ」
 それだけ言うと、ゲイルは彼女に背を向けて歩き始めた。まるでこれ以上ここにいたくないと言わんばかりに。
 それは生き残った騎士たちも同じだった。まだ幼い少女の苦しむ姿は、個人的な恨みを持った者でもない限り、とてもではないが直視していられない。
 仲間たちが離れていくのを見届けてから、ミネンスは少女から剣を抜き放った。
 もはや呻きとも叫びともつかない声がプリエの喉から洩れる。顔中を汗に濡らし、少女は痛みと悲しみに泣き続けていた。
 そんな少女の前に屈むと、ミネンスは懐から一枚の書状を出して少女の前に突き出した。
「これを見ろ」
 もう片方の手で少女の髪をつかみ、無理矢理目を開かせる。
 プリエのかすむ瞳に写ったものは、書状に書かれたペリアスティン国王のサインだった。
「あたしはあの日お前に言われたことに理を認めた。だからこうして、この領土の主であるペリアスティン王から許可をもらった。何故こんな面倒なことをしたかわかるか?」
 ミネンスの質問に、少女は何も答えなかった。
 怪我はすでに回復させたが、とても答えられるような状態ではなかった。
 元々回答を期待してなかったのか、ミネンスは構わずに続けた。
「それはあたしは筋の通ってないことが嫌いだからだ。そのおかげで対応が3日遅れ、封印されていたカーレガンは復活し、多くの仲間を殺してしまった。あの時ロスペクトとフリートを殺していればこんなことにはならなかった!」
 悔しそうに呻いたミネンスの足元で、プリエは荒々しく肩で息をしながら小さく呟いた。
「封……印……?」
 誘拐事件のことと言い、目の前の女性は何を言っているのだろう。カーレガンは神界から訪れた神だ。
 プリエは自分がひどく理不尽な八つ当たりをされている気がしてならなかったが、もはや口を開く元気もなかった。
 そんなプリエの襟首をつかみ、ミネンスは片手で軽々と少女の身体を持ち上げた。
「お前にはそれなりの罰を受けてもらう。約束通り、死ぬ以上の苦しみを与えてやろう」
 ミネンスはそう言って残虐な笑みを浮かべた。嗜虐心に彩られた、醜い微笑みだ。
 プリエは彼女の悪魔のような瞳に、思わず身震いをした。
(助けて……助けてください、カーレガン様……)
 心の中で祈りを捧げた少女を一度地面に叩き付けると、ミネンスはその腕をつかみ、少女の身体を引きずりながら寺院の方へ歩き出した。
 少女は痛みを堪えながら、ただ一心に祈り続けていた。

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