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少女たちの剣

幼少時代のある事件以来、他人に心を閉ざしてしまったウィサンの王女シティア。そんな彼女が15歳の春、幼なじみの青年サリュートとともに訪れたマグダレイナの剣術大会で、一つ年下の剣士の少女ライフェと出会う。

シティア : ウィサン国の王女。レイピアの使い手。初出 『湖の街の王女様』
ライフェ : ハイデルの騎士団長リゼックの娘。初出 『To Heart Fantasy』
サリュート : シティアの幼なじみの青年。いつも彼女を気にかけている。
エデラス : ウィサン国の王子。妹のシティアとともに剣術大会を訪れる。
フラウス : ライフェの前にたちはだかった赤毛の青年剣士。
ゼラス : 第12回大会の優勝者だが、次大会で人を殺め国を追われる。
フィアン : マグダレイナの第二王子。エデラスと意気投合する。
ユウィル : 魔法使いの少女。シティアの一番の友人。初出 『小さな魔法使い』

 マグダレイナは大陸随一の歴史と伝統のある大都市である。
 規模だけを見てもウィサンの数倍はあり、その中で人がひしめき合うように暮らしているので、人口はもっと多いだろう。
 朝の到来を遅くし、夜の訪れを早くすると言われるほどの高い街壁は“遮光の壁”と呼ばれ、この街の名物の一つだった。
 中で暮らしている人々からの評判はあまり良くないが、この壁のおかげで戦時中も難攻不落の城塞として他国の侵略を許さなかったのだから、大っぴらに不満を言う者はない。
 また、建国王はかつて魔王の腹心を剣で斬り殺したとされる武術者で、武と剣技を重んじる街としても有名だった。
 そんな武道の文化の栄える街なので、剣術の大会が開かれていても不思議はないのだが、逆にこの大会の歴史は意外なほど浅い。
 始まりは18年前、前王が引退し、次に戴冠した現王が開いたのが第1回の大会で、それは国内の兵士たちだけで行われた小さなものだった。
 その大会では城の剣術指南が優勝したのだが、翌年、マグダレイナ市民にも開放された第2回大会で、彼は一介の街の青年に敗れ去った。
 青年はケールという名で、第3回大会も見事に優勝を収めた。
 ケールはその功績を称えられ、また温厚な人柄も評価されて、第二王子の側近として働くことになった。
 ところがその彼も、とうとうマグダレイナの外の人間も参加できるようになった第4回大会であっけなく敗退した。
 しかも確勝と言われたケールを破ったその男は準々決勝で破れ、優勝は王都メイゼリスのウェリオーセという中年の男が持っていった。
 この大会で武術都市としてのプライドを大きく傷付けられたマグダレイナは、よりいっそう武術に力を入れるようになり、第9回大会にしてようやく優勝の座を他国の者から奪い返した。
 勝ったのはやはりケールであり、準優勝もケールの弟子である青年が奪取した。
 その後、遥か遠方からも参加者が続々と集結するようになったこの大会は、毎年新しい優勝者を出すようになった。
 というのは、訪れるだけで数ヶ月もかかるような遠方の者が連続して出場するのは困難で、一度優勝した者が次以降の大会に参加しないことが多かったからである。
 そんな優勝者の中には、フルースベルク半島の雄、デックヴォルトのジェイバン・ムシューシャの名や、メイゼリスの女戦士レミーナ・ルベファンテ、また遥か西方のプロラの街から訪れた剣聖タウ・ユーゼンらの名もあった。
 第10回から第16回までの7年の間で2回以上優勝したことのあるのは、エルクレンツのヘリウスという男ただ一人だった。
 しかし、ヘリウスの優勝はどうしても参加者に恵まれたとしか言いようがなく、事実彼は、前年の優勝者が失格した第13回大会で優勝した翌年には、その年の優勝者であるジェイバンに準々決勝で破れ、同じく第15回大会では、準決勝でレミーナ相手に開始5秒で打ちのめされた。
 2回の優勝経験のある彼はしかし、もはや大会の語り種にもなっている第15回大会の決勝において、レミーナと1時間もの間戦い続けて破れたストリアという青年よりも遥かに低い評価を受けていた。
 もちろん、ヘリウスが弱かったのではなく、ジェイバンとレミーナが圧倒的に強すぎたのは言うまでもない。如何に相手に恵まれたとはいえ、偶然で優勝できるほどマグダレイナの剣術大会のレベルは低くなかった。
 そんな、剣士なら誰もが憧れる剣術大会に、ウィサンの王女も是非参加したいと思っていた。
 それは称号が欲しいからではなく、純粋に自分の力を試したかったからである。
 けれど、その夢は二つの理由により、長い間叶わなかった。
 一つは、シティアが若すぎたことである。
 大会の参加要項に年齢制限はなかったが、それにしてもまだ10歳そこそこのシティアの参加は無理だった。
 また、彼女は王女であり、そんな若年にして一人で城を出してもらえるはずもなく、出してもらえたところで、危険の伴う大会への参加を許されるはずがなかった。
 それが二つ目の理由である。
 その頃のシティアはといえば、親のことなどまったく考えていない我が儘な少女だったので、二つ目の理由を蹴り飛ばすことに関しては、微塵も罪悪感を感じていなかった。
 けれど、さすがに一人でマグダレイナまで旅をするような勇気はなかったし、見送らざるを得なかった。
 シティアは常にチャンスをうかがっていた。大義名分の元に城を出られる日を。
 それがついに去年の春、第17回大会において巡ってきたのである。

 それは一枚の招待状だった。
 武術都市マグダレイナからウィサン王宛てに、武術大会の来賓として招きたいという趣旨のものだった。
 第10回大会から、マグダレイナ王は近隣諸国の王侯貴族を招来していた。
 初めはメイゼリスとトロイトだけだったが、大会の規模が巨大化するにつれて、まるでその力を誇示するかのように、次々と招くようになっていった。
 しかし、ウィサンが招待されることは決してなかった。それは小国だからという理由もあったが、もう一つ。ウィサンが魔法に力を入れている国だからである。
 マグダレイナでは自らの腕がすべてであり、魔法は邪道という風習すらあった。そんな国が魔法を奨励している国を招待するはずがない。魔法使いが剣術大会など見ても面白くないだろうという侮蔑もあった。
 しかしそんなウィサンにも、ようやく第17回大会にして初めて招待状が来たのである。
 恐らく自らの懐の広さを見せ付けるためだろう。ウィサン王ヴォラードは顔をしかめたが、ここでこの招待を蹴っては国の名が廃ると思い、息子であるエデラスを行かせることにした。
 エデラスは特別嫌な顔をせず、むしろ純粋に大陸に名高い剣術大会を見られることを喜んだが、それよりも喜んだのが彼の妹であるシティアだった。
 招待状の話を耳にするや否や、すぐさま父親の許へ行き、エデラスとともにマグダレイナに行かせてくれるよう説得した。
 ヴォラードは頑として首を縦に振らなかったが、結局彼女は我が儘を押し通して兄についていく許可をもらった。
 ただし、絶対に武術大会には参加しないことを約束させられたが、シティアには守る気などさらさらなかった。
 内心で舌を出しながら、ようやく彼女はマグダレイナ行きの切符を手に入れたのである。

 その日のマグダレイナは、年に一度の武術大会が近いこともあって、類を見ない賑わいを見せていた。
「わぁ! すごいっ!」
 冷酷非情な王女にしては珍しく瞳を輝かせる姿を見て、エデラスは苦笑した。
 この少女は、日頃は自分の作った殻から決して出てこようとしないが、今何気なく見せた笑顔こそが本当の顔なのだ。
 わかってはいたが、どうすれば彼女の殻を破ることができるのか、一度として追いつめられたことも生命を脅かされたこともない彼にはわからなかった。
 シティアは今にもフラフラと歩き出したくなるのを懸命に堪えて、必死に何事もないように装った。
 これから兄とともにマグダレイナの城へ行き、それから武術大会の日まで城で過ごすことになる。
 兄も父親と同じ考えのはずなので、なんとしても参加が締め切られる前に抜け出さないといけない。城に入ってしまったらおしまいだ。
 内心でそんなことを考えながら辺りをキョロキョロ見回していると、不意に頭上から優しい声がかかった。
「遊びに行きたいのだろう、シティア」
「えっ!?」
 驚いて見上げると、そこに穏やかな瞳をしたエデラスがいた。彼は初めから妹が父親の言うことを聞く気がないことなどわかっていたのである。
 いや、恐らくは父親もわかっていたのだろう。それでも行かせたのは彼の甘さであり、愛情だった。
 どうせ止めたところで抜け出してでも行くのならば、せめて許可を与えることで娘の気を楽にしてやろうと考えたのだ。
 後で怒られても構わないから、なんとしても逃げ出そうと思っていたシティアは、兄の目を見て恥ずかしさを覚えた。
 何も言えずに赤くなって俯いていると、エデラスはそんな妹の頭をくしゃっと撫でて、明るい笑い声を立てた。
「一つだけ約束してくれたら、俺はお前の好きにさせてやるし、父さんにも内緒にしてやろう」
「約束?」
 武術大会には出るなと言われるのだろう。そう思い、シティアは渋面になって兄を見上げた。
 そんなシティアの心境を察知して、エデラスはもう一度笑ってから、真剣な表情で妹を見下ろした。
 そして、一語一語区切りながら、強い語調で言った。
「何をしても構わないから、怪我だけはするな。もし守れないなら、俺はお前にドレスを着せて城につれていく」
 それは、暗に武術大会に出てもよいという許可だった。
 父親がシティアを送り出したときと同様、彼もまた、どうせ妹がいつかは抜け出して大会に参加するのであれば、先に許可を与えて、その代わり怪我をしないよう念を押した方がよいと判断したのだ。
 彼女は父親も兄も愛してなかったが、父親も兄も彼女を深く愛していた。
 もしもその時、シティアが少しでも他人の思い遣りを感じ取れる人間であれば、恐らく涙の一つでも零していただろう。
 しかし彼女は、単純に許可を与えられたことを喜んだだけだった。
「本当? うん、わかったわ! 絶対に怪我をしないって約束します!」
 それだけ言うと、彼女は居ても立ってもいられないように、人混みの中に駆け出していった。
「あ、シティア!」
 驚いたように声をあげたのは、彼女の面倒を見るためについてきた幼なじみの青年だった。
「エデラス様、追いかけてもいいですか?」
 彼の質問にエデラスは大きく頷いてから、少量の金の入った袋を手渡した。
「シティアのことは任せたぞ、サリュート」
「はい! お任せください!」
 元気に返事をして、言い終わらない内に彼はシティアを追いかけて走り始めた。彼女はもう見えなくなっていた。
 エデラスはそんな行動力あふれる若い二人の姿に苦笑を浮かべた。
「やれやれ。まあ、元気な方がシティアらしくていいだろう」
 それから彼は従者とともに、城へ向かって歩き出した。
 この時彼は、シティアは一回戦か二回戦で敗退し、後はのんびりと武術大会を見物して、何事もなくウィサンに帰るだろうと考えていた。
 まさか彼女が、いや、武術大会自体が事件に巻き込まれるとは思っていなかった。
 エデラスは妹の強さを知らなかった。

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