■ Novels


少女たちの剣

幼少時代のある事件以来、他人に心を閉ざしてしまったウィサンの王女シティア。そんな彼女が15歳の春、幼なじみの青年サリュートとともに訪れたマグダレイナの剣術大会で、一つ年下の剣士の少女ライフェと出会う。

シティア : ウィサン国の王女。レイピアの使い手。初出 『湖の街の王女様』
ライフェ : ハイデルの騎士団長リゼックの娘。初出 『To Heart Fantasy』
サリュート : シティアの幼なじみの青年。いつも彼女を気にかけている。
エデラス : ウィサン国の王子。妹のシティアとともに剣術大会を訪れる。
フラウス : ライフェの前にたちはだかった赤毛の青年剣士。
ゼラス : 第12回大会の優勝者だが、次大会で人を殺め国を追われる。
フィアン : マグダレイナの第二王子。エデラスと意気投合する。
ユウィル : 魔法使いの少女。シティアの一番の友人。初出 『小さな魔法使い』

 2つの舞台を使用して膨大な数の一回戦が終了すると、すでに太陽は中天から西に傾きかけていた。
 係員や審判のための小休止を挟んで、すぐさま二回戦、午後の部が開始される。
 シティアは全体の試合数的にこの試合配分はどうかと思ったが、各参加者からすれば、戦う間隔や回数が均一なのでこの方が良い。
 二回戦ではいよいよ特別参加の少女が剣を振るう。
 事前からかなり注目されていたこともあってか、彼女が舞台に立つと観衆が一斉に沸いた。シード参加者が出場するせいか、午前中よりも遥かに人が多い。
 対戦相手はあまり見栄えのしない若者だった。構えからしてそこそこ腕は立つようだが、ライフェの相手ではないだろう。
 シティアは少し残念がった。
 気を吐いて剣を振り下ろした若者の横に素早く回り込むと、ライフェは彼の膝を強く打った。
「くっ!」
 呻き声をあげて、若者が思わずバランスを崩す。ライフェは音速で振り上げた剣を彼の手の甲に振り下ろし、勝負はあっけなく幕を閉じた。
 剣で戦い慣れていないシティアは、ライフェの試合から何か得られるものはないかと期待していたのだが、少なくとも彼女がグーラと戦っていたときに考えたこと以上のものは得られなかった。
「つまらない試合だったわね」
 舞台を下りてきたライフェにため息混じりにそう言うと、ライフェはにこりと笑って答えた。
「次のシティアの試合が、たぶん今回の大会で1、2を争う面白い試合になるから、私はそれで満足です」
 相手は今回の優勝候補である。もしも本当にシティアが決勝まで残るような実力の持ち主であれば、次の試合は事実上の決勝戦となるだろう。
 シティアはライフェの期待をはぐらかすように、曖昧に笑った。
「ちょっと思うことがあってね……。案外コロッと負けるかも知れないわよ?」
「えっ?」
 驚いた顔でシティアを見上げたライフェだったが、彼女は何も答えなかった。
 釈然としないまま、少女はそれ以上の追求を断念した。

 ウィサンの剣士が再び舞台に上がると、観客から一斉に喚声が上がった。ライフェが舞台に立ったときを遥かに凌ぐ音量だ。
 もちろんそれは、シティアのためのものではなかった。マグダレイナの期待の星、過去3回の優勝経験を持つケールの、今年一番強いと評される弟子に送られたものだった。
「グーラが出てくることはないとは思ったが、まさかお前のような女だとも思わなかった」
 ライフェの言った通りの大男は、自分よりも二回りも小さい少女を見下ろして低い声を洩らした。
 彼の持つ剣はかなり大きな部類に入るもので、恐らく当たればただでは済まないだろう。
 シティアは無表情で男を見ると、おどけたように言った。
「だったら、少しは手加減してくれるかしら?」
 ヴリーツは不敵な笑みを洩らして首を振った。
「いや、その歳で出てくるくらいだから、相当の腕の持ち主なのだろう。ライフェ殿と戦うような気持ちで、全力でいかせてもらおう」
「それは残念ね」
 シティアは首をすくめた。そして剣を構えて男を見据える。
「始めっ!」
 合図とともに、ヴリーツが床を蹴った。なるほど、巨体の割に速い。
 風を斬るようなスピードで横に薙がれた剣を躱したシティアに、すぐさま次の一撃が襲いかかった。
 普通の者であればその一撃で勝負がついたであろうが、シティアは尋常ではない速度でそれも躱した。
 次々に繰り出される剣を、彼女は躱し続けていた。その動きは、一回戦のそれと同じように見えたが、まるで違うことを観客にもわかっていた。
 手が出ないのだ。
 シティアは内心で舌打ちをした。
 例えば次の一撃……。
 ゴゥゥッ!
 轟音を立てて振り下ろされた剣を躱して、シティアは反射的に剣を突き出しそうになった。
 けれど慌ててそれを押し戻す。
 大きく横に跳んだシティアを、ヴリーツは神妙な顔で睨み付けた。
「なるほど……そういうことだったのか……」
「…………」
 シティアは油断なく構えたまま、大きく息を吸った。かなりの汗をかいていたが、まだ呼吸は乱れていない。
 ヴリーツは身体の震えを抑えて唸った。
「これが実戦なら、俺はとっくにお前に殺されていたというわけか……」
 彼は、先程の一瞬のシティアの反応で知ったのだ。彼女がルールに束縛されていることに。もしも彼女が、非力な人間でも相手を倒すことのできる「突き」という攻撃方法を使うことができたなら、自分が開始直後に殺されていたことに。
 シティアは何も言わなかった。彼の言うことは正しかったが、それは問題ではなかった。
 普通に戦えば楽に勝てる相手であることは自分の中で初めからわかっていた。けれどこれはルールに乗っ取った大会である。
 扱い慣れていないこの剣で、如何に「突き」を使わずに勝つか。
 もしもこの勝負に負けても、彼女に悔いはなかった。ここで勝てば自分が強いことが証明されるが、負けても弱いことにはならないから。
 再び唸るような音を立てて繰り出された剣を、シティアは素早く躱した。この隙に彼の懐に飛び込むことは可能だったが、突けない以上、入ったところでダメージを与えられない。
 恐らくシティアが思い切りこの剣で彼の身体を打ったとしても、ダメージを与えることはできないだろう。
 彼女が彼に勝てるとしたら、それは剣を落とさせることだけだった。先程のライフェのようにバランスを崩させて剣を払う。それしかない。
 しかし、この男にバランスを崩させるのは容易ではない。シティアは未だに考えあぐねていた。
 長い戦いになった。場内は静まり返り、二人の戦いを固唾を呑んで見守っている。優勝候補を相手に一歩も引けを取らずに戦っている無名の少女に目を奪われていたのだ。
 やがて、ヴリーツが息を切らせ始めた。
「どうだ? 何か俺を倒すアイデアは浮かんだか?」
 ヴリーツが尋ねたが、シティアはやはり何も言わなかった。
「そのまま逃げ回っていたら、お前の方が先に力尽きるのは明白だぞ?」
 嘲笑うように彼は言った。
 その言葉の通り、シティアは全身に汗をかき、かなり大きく肩を上下させていた。ヴリーツもまた疲れ始めていたのでなんとかなっているが、身のこなしもだいぶ悪くなっている。
 シティアは彼を睨み付けたまま大きく息を吸い、音を立てながらゆっくりとそれ吐き出した。
 何度かそれを繰り返す内に、次第に呼吸が安定していく。
 ヴリーツは顔をしかめた。
「何かの呼吸法か?」
 見る見る内に胸や肩の上下が小さくなっていく少女に恐怖を抱いて、ヴリーツは再び斬りかかった。同じようにシティアも床を蹴る。
 初めてシティアから動いたことで、場内がどよめいた。一回戦のようになるのだろうかという期待と、ヴリーツが負けるのではないかという不安が空気を震わせる。
 シティアの攻撃が彼の太股を切り裂いた。
 けれど、所詮は少女の力である。わずかな傷を作っただけで、ヴリーツはまるで動じることなく剣を振った。
 ゴゥン!
 鋭い音を立てて襲い掛かる刃を素早く躱すと、シティアは腰を屈め、再びヴリーツの足に斬撃を繰り出した。先程と同じ箇所だ。
「ちっ!」
 舌打ちをしながら、ヴリーツはその攻撃を避けた。しかし、彼が体勢を立て直すより速く、シティアの剣が彼の足を襲っていた。そして正確に一度斬り裂いた傷をえぐる。
「ぬぅ!」
 怒りの形相でヴリーツが攻撃したが、やはりシティアには当たらなかった。彼の動きが疲れのために鈍くなっていることもあったが、それ以上に、彼女の動きが戦い始めたばかりの状態に戻っていたのだ。
 ヴリーツが呼吸法だと言ったそれは、シティアが自然に身に付けたものだった。
 数年前、彼女は夢にうなされ、がむしゃらに練習したことがあった。
 狂ったように剣を振り続け、疲れに眩暈を覚え、胃の中のものを吐き、立てるのが不思議なほど腫れ上がった足で大地を踏みしめ、それでも彼女は手を休めなかった。
 サリュートが気が付き、彼女を止めるまでのおよそ半日間、幼い少女は見えない敵と戦い続けた。その時無意識にしていた呼吸が、先程行ったものだった。
 全身に素早く酸素を行き渡らせ、筋肉の疲労を瞬時に回復させる。シティアがヴリーツより先に息を切らすことなど有り得なかったのだ。
「ええいっ!」
 焦りを隠し切れず、ヴリーツは乱れた呼吸で剣を振った。すでに右足は血で真っ赤に染まっている。
 シティアはやはりその剣を何事もなかったように躱すと、戦い始めて以来、初めて彼に声をかけた。
「気を乱した時点で負けるのよ」
「何?」
 驚くヴリーツに、シティアは一度背中を向け、全身の反動を使った斬撃を彼の右足に見舞った。もはや数え切れないほど何度も斬り付けた太股に。
「ぐあっ!」
 ヴリーツが悲痛な叫び声をあげた。その拍子に彼の剣を持つ手の力が緩まったのを彼女は見逃さなかった。
 ガキッ!
 鈍い音を立てて、ヴリーツの剣が空に舞い上がった。
 公正な立場であるはずの審判ですら信じられないといった顔で、少しの間を置いてから彼の敗北を告げた。
 場内がまるで狐につままれたように静まり返った。
 ゆっくりとシティアが舞台を後にする。
「おめでとう、シティア」
 勝者の少女に、ただ一人、蒼髪の剣士だけが小さな拍手を送ったが、観客たちはただ信じられないものを見たようにどよめくだけだった。
 結局次の試合が始まるまで、彼女の勝利を称える者はなかった。

←前のページへ 次のページへ→