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少女たちの剣

幼少時代のある事件以来、他人に心を閉ざしてしまったウィサンの王女シティア。そんな彼女が15歳の春、幼なじみの青年サリュートとともに訪れたマグダレイナの剣術大会で、一つ年下の剣士の少女ライフェと出会う。

シティア : ウィサン国の王女。レイピアの使い手。初出 『湖の街の王女様』
ライフェ : ハイデルの騎士団長リゼックの娘。初出 『To Heart Fantasy』
サリュート : シティアの幼なじみの青年。いつも彼女を気にかけている。
エデラス : ウィサン国の王子。妹のシティアとともに剣術大会を訪れる。
フラウス : ライフェの前にたちはだかった赤毛の青年剣士。
ゼラス : 第12回大会の優勝者だが、次大会で人を殺め国を追われる。
フィアン : マグダレイナの第二王子。エデラスと意気投合する。
ユウィル : 魔法使いの少女。シティアの一番の友人。初出 『小さな魔法使い』

 鳥すら驚いて逃げてしまうほどの音を立てて、巨大な銅鑼が打ち鳴らされた。
 その音を合図にして、数十発の花火が盛大に打ち上げられる。
 沸き起こった喚声と拍手に、まるで地震でも起きたかのようにスタジアムが打ち震えた。
 すでに数日間続いている快晴。
 穏やかな春風の吹くマグダレイナで、今盛大に、第17回剣術大会が幕を開いた。

 今年の大会は、雨天順延で4日間に渡って行われる。
 参加者数は204名。前年好成績を収めた者やマグダレイナの人間を中心にシード権を与え、トーナメント方式でその年の覇者が決定される。
 開催日の午前中に一回戦が、午後に二回戦が行われ、以下同じように一日に二回戦ずつ進められる。
 最終日には決勝と準決勝、そして三位決定戦の計4試合しか行われないことになるが、その日に一番客が入るのも事実だった。
 スタジアムの隅に立ち、シティアが圧倒するような人々を眺めていると、足音も立てずに蒼髪の少女がやってきて笑顔を見せた。
「すごい人ですね」
「そうね……」
 気のない返事をして、シティアはライフェを見た。
 少女は以前会った時と同じように蒼い髪を首の後ろで束ね、額に白い布を巻いていた。
 特別参加者である彼女は、今日の午後、二回戦から戦いを始める。もちろんシティアは一回戦からだ。
「トーナメント表、見ましたか?」
「ううん。見てないわ」
 トーナメント表は数日前からスタジアムの至る所に張られていたが、シティアは興味がなかったので見ていなかった。
「私とシティアは違うブロックでした。なので、決勝まで戦わずに済みます」
「そう……」
 ライフェから視線を逸らせて、淡々と答える。
 ライフェは首を傾げた。
 あからさまにシティアの様子がおかしい。これから戦いが始まるというのに、まるで覇気が感じられないのだ。
 あの時ゼラスと対峙し、戦慄が走るほどの余裕を浮かべていた少女とは思えない。
「何かあったのですか?」
 そう聞こうとして、ライフェは口を噤んだ。
 例え何かあったのだとしても、今それを聞いたところでどうなるわけでもない。それに恐らく彼女は答えてはくれないだろう。そうなれば、関係がぎくしゃくするだけだ。
 ライフェはシティアと同じようにスタジアムの壁にもたれ、目の前にある大きな舞台に目を遣った。
 まだ試合は始まっていないが、じきにあそこで各国の強豪たちと相見えることになる。
「トーナメント表、ですね。一部の参加者の名前が赤色で囲われているんです。ご存知でした?」
 突然そんな話を始めたライフェに多少の興味を抱いたのか、シティアがちらりと少女を見た。
 ライフェは舞台を見つめたまま続けた。
「前年の優勝者とか、特別参加者とか、今年最も期待されている人たちにつけられた印です」
「それじゃあ、ライフェは自分の名前を探すのが簡単でいいわね」
 恐らく悪意はないのだろうが、どうしても刺があるように聞こえてしまうのは、シティアの醸し出している雰囲気のせいだろう。
 けれどライフェは、彼女が誤解されやすい人間であることを承知していたので、特に気分を害することなく続けた。
「今年印をつけられた人は五人で、それぞれ違うブロックに配置されています。決して序盤で当たらないようにするためでしょう」
「ふーん。じゃあ、無印の私は、準決勝までにライフェ以外の誰か強い人と戦うことになるわけね?」
 ライフェは自分とは違うブロックだと言っていたのだから、当然そういうことになる。
 ライフェは小さく頷いた。
「そうです。シティアは、二回戦で今年最も有望視されているケールの弟子の青年と当たります。ヴリーツという青年ですが、大男のくせに動きが速いともっぱらの噂です」
「詳しいわね」
 そう言って、シティアは苦笑した。今度は意識的に刺を含ませたが、ライフェは内容を好意的に解釈したらしく、照れたように俯いた。
 恐らくこの少女は、相手を知ることから戦いを始めるのだろう。相手の特徴を少しでも知れば、それだけ自分が有利に戦えるからだ。
 しかし、それは実戦では役に立たないことを、シティアは身を持って知っていた。敵はいきなり襲いかかってきて凶刃を閃かせる。とても相手のことを知っている余裕などない。
 だからシティアは対戦相手に興味がなかった。
「優勝までに八回、その内、印の付いた人と三回戦うことになるのね」
 シティアは話を合わせるようにそう言ってから、「ライフェは一回だけ?」と質問した。
 少女は首を傾げてから、「私も三回です」と答えた。
「五人いますから、誰か二人が準々決勝でぶつかることになります。私もその一人なので、三回になりますね」
「じゃあ、二回か」
 シティアはなんとはなしにそう言って、舞台の上に目を遣った。ちょうど一回戦の第一試合が始まるところだった。
 しばらくそんなシティアを不思議そうに眺めていたライフェだったが、ようやく彼女の言っている意味に気が付いて小さく笑った。
 ライフェは、決勝戦で印の付いた人間とは戦わない。
「シティア。私の戦う印の相手を、きっと二回にしてくださいね。決勝まで、誰にも負けないで下さい」
 少女の期待する眼差しを真っ向から受け止めて、シティアはもたれていた姿勢を正した。
 そして、
「決勝も負けないわ」
 背中越しにぽつりとそれだけ呟いて、ゆっくりと舞台の方に歩き出す。
 まもなく彼女の試合が始まろうとしていた。

 シティアの第一試合の相手は、マグダレイナの下っ端兵士だった。
 もちろん、彼が自分から下っ端だと名乗ったわけではないが、シティアは勝手にそう判断した。
 ライフェの話を聞く限りでは、マグダレイナの人間には優先的にシード権が与えられているはずなので、一回戦に出てくるような者は大したことないのだろう。
 それに、二回戦でヴリーツと戦うよう組まされたこの男は、恐らく誰にも期待されていないのだろう。トーナメント表はくじ引きで決められるわけではないのだ。
 舞台の上に立ち、シティアは競技用の剣をブンブン振り回した。刃が潰されてはいたが、十分凶器となり得るものだ。
 剣はいくつかあるサイズの中から自分に合うものを選ぶことが出来たが、一番小さなものでも、非力なシティアには少し重たい印象を受けた。それでも、扱えないほどでもない。
 そんな彼女の前に立つ男は、あまり柄の良さそうな顔をしていない、肩幅の広い男だった。
 どうせ二回戦で負けることがわかっているためか、せめて一回戦は勝とうという意思がありありと見受けられる。
 しかもただの勝ちではない。できるだけ残虐に、だ。
 ニタニタ笑う男を見て、シティアはようやく思い出した。彼は、あの日大会の受け付けで会った男たちの内の一人だった。ひょっとしたら、自ら一回戦でシティアと対戦することを志願したのかもしれない。
「久しぶりだな、ガキ」
 読み上げられた名前によると、彼はグーラというらしい。
 シティアは何も答えずに、ただ手に馴染ませるように剣を振っていた。
 やがて審判が舞台に立ち、観客席から喚声が響き渡った。マグダレイナの兵士を応援する声も多いが、思いの他見知らぬ小さな少女の名を呼ぶ声も多かった。
「始めっ!」
 鋭い合図とともに、グーラが突進してきた。
「死ねっ!」
 恐ろしい憎悪とともに、斜め上から剣を振り下ろした。頭への攻撃が禁止されているため、肩口を狙ったのだ。
 シティアはそれを何事もなかったように躱すと、ちらりとグーラを見た。そしてグーラの脇が空いているのを確認すると、そのまま何もせずに彼から離れた。
「ええいちょこまかと!」
 グーラは力任せに剣を振り回す。
 シティアはそれを躱したり、時に剣で受け止めたりするだけで、決して反撃しようとはしなかった。
 少女に攻撃意思がまるで感じられないためか、場内がどよめいた。
 端から見ていたライフェもまた、表情を険しくした。
「何をしているの? シティア……」
 グーラは弱い。少なくともシティアの敵ではない。
 にも関わらず、彼女がまったく攻撃しようとしないのは何故なのか。ライフェにはわからなかった。
 そんなライフェの思いなど知らず、シティアは避け続けていた。
 その内グーラは息を切らせ、動きを止めて彼女を睨み付けた。
「き、貴様……どういう、つもりだ……」
 観衆から失笑が洩れる。
 悠然と逃げる少女をどたばたと追いかけまわす彼の姿が、まるで蝶々を捕まえられない子供のように写ったからだ。
 けれど、彼女が攻撃しなかったのは、別に彼に恥をかかせるためではなかった。
 実はこの大会において、彼女は一つ、あまりにも大きなハンディキャップを背負って出場していた。それは、ルールである。
 頭部と急所への攻撃もそうだが、もう一つ。この大会では、突きも禁止されていた。
 シティアはレイピア使いである。力のない少女は、常に相手の急所を突く攻撃により、数々の実戦をくぐりぬけて来た。
 少女は通常の剣を使ったことがなかった。いや、例えあったとしても、相手を「斬る」ことはなかった。
 だから彼女は、グーラという男を実験台にして、如何に競技用のこの剣で大会を勝ち進んでいくかをイメージしていたのだ。
 けれど、どうやらそれもここまでのようである。すでにフラフラになっているグーラを見てシティアは思った。もはや彼では練習相手にならない。
「まあいいか」
 残念そうに呟いた彼女は、グーラとは対照的に息一つ切らせてなかった。彼女にとってこれまでの動きなど、準備運動にもならなかったのだ。
「な、何がまあいいかだっ!」
 怒りに任せて突進してきた男を軽快なステップで躱すと、シティアは初めて剣を振った。
 その剣は正確にグーラの指を打ち付け、骨の折れる音とともに彼の剣が舞台に落ちた。
 相手を戦闘不能にするか降参させるか、もしくは相手に剣を落とさせた時点で勝ちになる。
 絶叫しながら手を押さえているグーラに背を向けて、シティアはゆっくりと舞台を下りた。
 少しの間があってから、拍手が渦のように巻き起こった。

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